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初恋? 中学編⓻

2022/04/05

<中学編⓺から続く>

我々の試合が始まる前に審判員の紹介があります。主審1名 副審2名。主審・神永昭夫 副審・醍醐敏郎、猪熊功。
多分柔道されていない方でも名前を聞かれたことがあるでしょう。神永さんは1964年の東京五輪の無差別級でオランダのヘーシンクに敗れたものの銀メダル、猪熊さんは同じく東京五輪の重量級の金メダリスト、醍醐さんはその後のモントリオールやロサンゼルス五輪で日本の監督をされた方です。東京五輪から既に7年ほど経過していて皆様既に引退されていましたがもちろん、我々はそのビッグネームに鳥肌が立ちました。先生は二人とも口をそろえて「『全中』に出場出来てよかった」と目にうっすら涙を浮かべておられました。
日本柔道界の至宝に審判をしてもらうのですから。

実はこの大会を見るために私の父が仕事を休んで東京まで出てきていました。
父は私が柔道することを大変喜んでくれて県大会や市の大会も殆んど見に来ていました。東京の晴れ舞台ですからもちろん出場が決まった時点で行くことを決めていたようです。
その父も審判の名前を見て泣いたそうです。(もともと父はよく泣く人でした)
これだけでも自分は親孝行できたのかな、と今でも思っています。

いよいよ我々の番が回ってきました。先ずはもう1校の中学との試合です。
この中学校はそんなに大きな子はいなくてまだ我々の方が少し大きいか、というくらいでした。

ここで柔道の団体戦の解説を少し。

団体戦は5人で行います。
2021年の東京五輪の団体戦は7名でしたね。5人でやる大会と7人でやる大会がありますが当時はもっぱら5人でした。
順番に⓵先方 ⓶次方 ⓷中堅 ⓸副将 ⓹大将 となります。(勝ち抜きではありません)

私は⓹大将が市や県の試合でも定位置でした。
大将と言うからには一番強かったから、と思われるかもしれませんがそれは違います。もちろん大将に一番強い人をもってくるチームもありますがわが校は「あまり負けない」というので私が大将でした。
背が高くてあまり積極的に技もかけないから、です。背が高いのは引き分けには有利です。めったなことで投げられないから。
それと自分の性格からして技を出すのが遅かったので時間切れで引き分けが多かったですね。
それで先生から大将をやれ、と言われました。

我がチームでは私の実力は4番目か5番目でレギュラーギリギリでした。
次方と副将は県大会個人戦で決勝を戦いましたし中堅は準決勝まで行きました。私は1校3人しか出場出来ないので出場すらしていませんでした。

<中学編⓼に続く>

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